特別講演Ⅰ

特別講演Ⅰ

⾅杵 尚志 先⽣(香川大学医学部地域医療再生医学講座)

学び

 1977年は私が初めて山岳医療に接した年で、その頃は創傷の縫合部にヘッドライトを向ける役割をしただけで医療に参加した気分になっていた。以後、一人で診療ができる気になっていた頃、診断に際して少し心に余裕ができた時期を経て、後輩を指導するようになるまで、色々なことがあったはずが、自覚的にはあっという間でもあった。その中で私は先輩や山仲間から何を学んできたのだろうか。また、共に診療所を支えてくれた後輩や学生達にどのような学びを期待していたのだろうか。

 学生時代はただ山での生活を楽しんでいただけのようにも思うが、思い返せば初めて湿性ラ音を聞いたのも、外科的な「清潔・不潔」の意味を知ったのもその小さな診療所の中である。夜を徹して重症者に寄り添うことの意味を実感したのも、一般の医療施設では経験できない、自分の知識と技術だけが頼りの診療経験や自らの工夫が活きる喜びを知ったのもここである。一方では様々な社会との関わりやその変化がどの様に自分達の活動に影響し、我々の悩みへとつながるのかもこの活動を通じて学んだ。

 山岳医療と聞くと山中での活動ばかりが注目され、その部分への参加希望者は多いが、運営の担い手として手を挙げる人は少ない。そのような状況下で、僅か1ヶ月程の診療活動のためだけとはいえ、否、期間限定の活動だからこその準備の苦労やそして重要性を知り、活動を長期にわたって続けて行くことの困難さやそれ故に継続することの大切さを運営の主体をなす学生達は学んで行く。一つ一つの業務を皆で分担しつつ、1年の活動を終えるたびに、次の学年に丁寧に伝えて行くのである。一つの業務をなす過程で人と協力することの大切さ、そのための組織作りや社会との関わり、人に何かを求めるために自らがしなければならないこと、また同時に我慢することを学んで行くわけだが、その「人として成長する姿」は頼もしくそしてそれを見ることはこの上ない大きな喜びである。

 本学会に参加するようになったことで多くの仲間の存在を知り、情報交換の場が与えられたが、同じ山岳診療ではあっても色々な手法があり様々な考え方をする人が居ることも知った。そしてそのような考え方で成り立っている場もあり、全ての形が受け入れられなければならない存在であることを学んだ。また、共に参加してきた学生達には探求心を醸成し、学術的・論理的に考える訓練の場にもなった。「特殊な環境下で行った内容であるが故にようやく研究と呼べる」という程度のものかも知れないが、学会誌に4編の和文論文とともに掲載されている12編の英文論文は、私の指示ではなく学生達自らが英文で書くことを選んだその賜物である。

 昨今、多くの教育者が痛感していることと思うが、直ぐに正解を求める学生が増えてはいないだろうか。種々の科学が進化し、情報の流れが加速した副産物なのか、疑問には正解があり、そしてそれは与えられるものとの思考が、学生のみならず社会全体でも増えて来てはいないだろうか。学びに関しても受動的過ぎると感じているのは私だけであろうか。通常の臨床現場でも正答がなく、苦しみつつ無理に回答を絞り出さねばならない場面にしばしば遭遇する。ましてや、社会との関わりの中では言わずもがなである。山の中の小さな診療を通じて、時には圧倒的な自然の驚異を感じつつ、憤りの矛先がない社会の中でのジレンマをも体感しつつ、もつれた糸を解くような地道な経験をしながら、世の中には正解がないことも数多くあり、自分こそがその正解を作り出すのだ、最善でなくともより良い答を目指すその礎を積み上げて行くのだという意気込みが醸成される、そんな舞台になればと思っている。

略歴

  • S56年3月 岡山大学医学部卒業
  • S56年5月~ 岡山大学第二外科研修医
  • S56年9月~ 玉野市民病院医員
  • S58年10月~ 国立病院四国がんセンターレジデント
  • S60年9月~ 岡山大学第二外科医員
  • S62年1月~ 岡山大学医学部附属病院手術部医員
  • S62年11月~ 牛窓町立病院医員
  • S63年1月~ 岡山大学医学部附属病院手術部医員
  • S63年6月~ 姫路聖マリア病院医員
  • H2年10月~ 岡山大学第二外科医員
  • H3年4月~ 岡山大学第二外科助手
  • H7年4月~ 香川医科大学第一外科助手
  • H7年9月~ 香川医科大学第一外科講師
  • H16年3月~ 香川大学医学部手術部助教授(H19.4.1-准教授)
  • H17年4月~ 香川大学医学部附属病院手術部部長
  • H19年10月~ 香川大学医学部附属病院病院教授
  • R3年4月~ 香川大学医学部地域医療再生医学講座客員教授

【役員】

日本手術医学学会常任理事・理事・評議員・教育委員・
医療問題研究委員・将来検討委員
(2020年度 大会長)
日本医療機器学会理事・代議員
MDIC認定委員会委員長
広報委員
(2019年度・大会長)
日本ストーマ排泄リハビリテーション学会評議員・災害対策委員
(2021年度・副会長)
日本登山医学会代議員
(2015年度 大会長)
日本環境感染学会評議員
日本医療マネジメント学会評議員

【Editorial Board】

  • Thermology International - Editor
  • Signal Processing - Editor
  • PanAmerican Journal of Medical Thermology - Editor

【認定医・専門医】

  • 日本外科学会-認定医・専門医・指導医
  • 日本消化器外科学会-認定医・専門医・指導医
  • 日本大腸肛門病学会-専門医・指導医
  • 日本食道学会-認定医
  • 日本癌治療学会-臨床試験登録医
  • 日本癌治療認定機構-認定医・暫定指導医
  • 日本消化管学会-胃腸科専門医
  • 日本乳癌学会-名誉乳腺専門医
  • 臨床修練指導医(外国人留学生対象)

【賞等】

  • 厚生労働大臣表彰(平成26年度)
  • 社会貢献者表彰(平成29年度)

【登山関係】

  • 1977年 北アルプスの山岳診療班に参加
        卒後は医師として同ボランティア活動に参加
  • 1991年頃より 診療所の運営に関する学生の相談役
  • 2001年 香川医科大学にサークル(三俣診療班)の顧問(2021年3月まで)
  • 2013-4年より 同診療所運営委員会委員長(2020年まで)