会長講演

会長講演

黒田 敏(富山大学脳神経外科)

登山医学と脳神経外科医

 2012年からの双六診療所での経験に基づけば、急性高山病(acute mountain sickness; AMS)の高所での診断、治療は必ずしも容易でないことは明白である。本講演では、これまでの自分自身の山岳診療での経験をごく簡単に紹介するとともに、登山医学と自分の専門分野である脳神経外科に共通する以下の2点の話題について概説する。
 
 2021年の本学術集会にて近赤外線スペクトロスコピー(near infrared spectroscopy; NIRS)を用いたAMS診断の可能性について報告させていただいたが、本来、NIRSは脳神経外科、循環器外科、小児科などで非侵襲的に脳酸化状態を連続的に測定するモニタリングとして開発された手法である。演者は、1992年に北海道大学電子科学研究所(当時)にて砂ネズミ脳虚血モデルを用いてNIRSの基礎研究を展開して、脳血管内ヘモグロビンに加えてミトコンドリア内のcytochrome oxidaseの酸化還元状態を測定できることを明らかにした。同時に、頚動脈を一時的あるいは永続的に遮断する際、頭皮上から脳酸素化状態を連続的にモニタリングする試みを開始し、現在では頚動脈手術の際には必須のモニタリング法として普及している。

 わが国では保険適応がされないままAMSの予防薬・治療薬として使用されているacetazolamide(ACZ; ダイアモックス™️)が、なぜAMSの予防や治療で効果的なのかについてはおそらく未だに完全には解明されていない。ACZには呼吸中枢を直接刺激する作用があるとされているが、その詳細なメカニズムは不明である。そのほかにもACZは、赤血球内のcarbonic anhydraseを阻害することで脳におけるCO2の排泄を抑制して、ごく短時間ではあるものの脳の細動脈を拡張させることが知られている。その結果、ACZは一時的に脳血流量を約30%増加させる作用を有している。この特異な薬理作用を利用することで、頚動脈閉塞症、もやもや病など、脳血行不全を有していることが疑われる患者において、脳循環予備能を定量的に評価することが可能となった(黒田の分類, 1989)。残念ながら、これもオフラベルのままであるが、この30年あまり脳血行再建術の適応決定やリスク評価を目的に、臨床現場では必須の検査薬として利用されている。

 本講演では、脳神経外科領域におけるNIRSモニタリング、脳血流ACZ負荷テストを紹介するとともに、多少(?)強引ではあるが今後の登山医学における有用性について考察したい。

略歴

  • 1986年 3月 北海道大学医学部医学科卒業
  • 1986年 6月 北海道大学医学部附属病院・脳神経外科
  • 1989年 5月 国立循環器病センター・脳血管外科
  • 1990年 5月 札幌麻生脳神経外科病院
  • 1991年 4月 北海道大学医学部附属病院・医員(脳神経外科)
  • 1995年 4月 ルンド大学(スウエーデン)・研究員
  • 1998年 4月 北海道大学医学部附属病院・助手(脳神経外科)
  • 2005年10月 北海道大学病院・講師(神経外科)
  • 2012年 3月 富山大学医学薬学研究部・教授(脳神経外科)

【役職】

  • 日本脳神経外科学会 理事
  • 日本脳卒中の外科学会 理事(会長・2021年)
  • 日本脳卒中学会 理事
  • 日本脳循環代謝学会 理事(会長・2024年)
  • 日本脳神経外科救急学会 理事
  • 日本ニューロリハビリテーション学会 理事(会長・2017年)
  • 日本脳神経外科手術と機器学会 理事(会長・2023年)
  • 日本整容脳神経外科学会 理事(会長・2023年)
  • スパズム・シンポジウム 世話人
  • 日本登山医学会 代議員(会長・2022年)
  • 厚生労働省特定疾患もやもや病研究班 班員